恩師が叙勲「瑞宝中綬章」

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「国家や公共に対して積年の功労のある者」に対して授与される勲章が「瑞宝章」で、今回恩師が「瑞宝中綬章」を叙勲されたというお話し、入院中のところへ押しかけ、お祝いを述べて参りました。

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内閣府ホームページより

http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/zuihosho.html

近況や今後のお祝い会の話など20分ほどお話しさせていただきましたが、しっかりと受け答えいただき、「お風呂に入るから帰れ」とお土産のお菓子付きで帰していただきました(*^-^)ニコ

お祝い会については、すでに先輩方がいろいろと計画を立てられている最中だという事で、ご相談しながらお手伝いさせて頂く旨お伝えして来ました。

ちょうど今日が授与式みたいで。。

スポーツ業界にも「スポーツ功労賞」とか「生涯スポーツ◯◯◯賞」とか。。いろいろありますね。もちろん、それぞれの「賞」毎に意味合いや度合いは異なりますが、一般的には、その取り組みの「労苦」や「功績」を称えるという事のようです。決定するのも、それぞれの管理団体がいろいろな基準で決定されているのだと思います。

 

現代的課題には、経済格差や貧困など「生存の欲求」すら満たされない方々がいて、まずはそちらが先というご意見も沢山あるという世の中。そして、価値観についても、様々な角度からの情報が行き交い、どれを信じていいのか個人に任される時代。

ふと、江戸時代の身分制度の事を思い出したり、収入による主観的幸福度の推移の話を思い出したり。

「働き方」「生き方」が多様化する現代。地域づくりや街づくりに必死に向き合って、毎回迫られる選択肢についても「正しい」と思う方を選んで来たと思ってはいても。。いつも結果が伴うわけでもなく、次の新しいチャレンジに向かって修正を図っていくわけですが、先の見えないその現場にいて、「不安」を感じていく仲間も多いだろうなぁと改めて思い、さらに覚悟を求める求められる。

ああ。。いつもの話に戻りそうで。。

そういう世界に身をおいているのだなぁと思いつつ、自分のできる事は何だろうなぁと、目の前にあるひとつひとつの事を、信じて選択して実行する。ひとつひとつの課題の最適解を求める。何と言っても、結局できる事を積み重ねていく。

ちょっと私の「覚悟」の度合いが足りないのかもしれません。

「信じるものを貫く」という覚悟。。。  

いつも、「調和」の方に逃げちゃってる40半ばのおじさんが、まぁ最近ちょこちょこ「我」を出しはじめている気はしますが。。

「家族のために、地域のために」?功労のある者?になれるように?あ。。「楽しく」σ(^_^;)..